2009年10月31日
12月30日 水曜日 東地区 "U" ブロック 38a。
創作文芸畑で、閑古鳥鳴かせています。
年末なので、皆様、忙しいと思われますので、来てくれ、とは言いにくい状況(苦笑)
お仲間は、怖いもの見たさで、ちょいと立ち寄ってみるのも一興かと・・。
。。。しかし。。受かってしまったのか。。。(何故か残念そう)
実は、東ブロックは、創作文芸的に、あまり好みではないのだが・・・
西に戻れるのはいつなのかなあ・・・と言うか、戻れるのかなあ・・
・・・それより、原稿(致命傷)
2009年10月29日
(amason情報 → ゼロの使い魔)
異世界へと召還された少年が、自分を召還した魔法使いの少女の使い魔となり、伝説の剣を持って戦う。
少女の方も、伝説の魔法の使い手であって・・・、という最初の数巻までは、勢いのあるコテコテの王道をいう話であった。
8巻くらいで読むのをやめたので、今、どんな展開になっているかわからないが、まあ、敵と戦って買って、主人公と少女はイチャラブして、という内容だとは思う。
ちなみに、魔法使いの少女はツンデレで、アニメではくぎゅが声を当てている。
これまた、コテコテだ。
そのゼロの使い魔の作者の新刊が出ていた。
烈風の騎士姫、というのがそれだ。
(amason情報 → 烈風の騎士姫)
内容はというと・・・
負けず嫌いな少女・カリーヌは、幼い頃助けてくれた騎士に憧れて、自分も立派な騎士になるのが夢。
女では入れない誉れ高い魔法衛士隊に入るため、名をカリンと改め、男装して王都に向かうが、ついた早々、サンドリオンと名乗る貴族ともめて決闘をする羽目に。
冷たい雰囲気のその男に、カリンは事実上負けてしまう。
このまま故郷に帰るわけにはいかない―カリンは衛士隊に志願し、見習いとして採用されるが、世話役はあのいけ好かないサンドリオン。
しかも一緒に暮らすなんて!
女であることを隠し、憧れの騎士になれるのか!?
危うい魅力の男装の美少女が挑む魔法冒険活劇。
(Amazonの紹介より)
・・・
「幼い頃助けてくれた騎士に憧れて、自分も立派な騎士になるのが夢」
「男装」
「決闘」
「習いとして採用され」
「一緒に暮らす」
「女であることを隠し、騎士に」
・・これは、「少女革命ウテナ」?
もしくは、「風よ、万里を翔けよ」?
この作者はコテコテなものが好きなんだな、と再確認した。
烈風の騎士姫、読んでないけどね。
2009年10月21日
・・・正直、あつかった(熱かった、暑かった、篤かった)
そして、その客層を見てみると、
何と言うか・・・
コミケ3日目、東の男性創作?
それは言いすぎではあるが、まあ、コミケットのあのごった返す濃ゆい客層と、非常に近いものが見て取れた。
アニメソング、ゲームソングを歌うグループであるから、客の多くがそのようなタイプになるであろうことは、何となく理解する。
ふと、サンホラ(Sound Horizon 同じく説明はwikiを各自で見てください。Sound Horizon説明)の第一期の客層もこのようなものであったのだろうな、と思った。
同人音楽サークルとして発足し、密かに、しかし「あつく」人気が出て・・・
サンホラのRevo陛下(サンホラのメイン)は、その客層がちょっと嫌だったのではなかろうか・・・。
だから、メジャーになろうとして、自身も歌ったりトークをしたりするようになって行ったのではなかろうか・・・。
あらまりも、あつさに耐え切れなかったのではなかろうか・・・。
そんな思いが胸を過ぎった。
日々是泰平のブログ主:茶ヤマは、Revo陛下が大好きです。さださんの次くらいに。
2009年10月05日
うみねこのOPはゲーム版のほう。
そのOPをポピーザぱフォーマーで、それっぽく作ってみたというMAD。
完成度の高さに大笑い。
ポピーザぱフォーマーというのは、1話5分の短編アニメ作品。
クラウン(ピエロ)の「ポピー」と、仮面を被った謎の動物「ケダモノ」、それとパピーによる、シュールなギャグアニメ。
子供向け、とはなっているが、内容やシュールさ加減が、とても子供向きには思われない。
2009年09月29日
戦国メイドさんが「お帰りなさいませ、お館様(お姫様)」とお出迎え。
制服は、着物と鎧をベースにした和風テイスト。
コーヒーが「伊達政宗」、紅茶が「武田信玄」、メニューによっては、メイド自身が調理やデコレーションしてくれる。
・・・店内の様子はともかく・・・
その制服はどうだろう・・・
メニューのネーミングはともかく・・・
メイド自身が調理やデコレーションってのは、どうだろう・・・
ってか、戦国にメイドは無かろう。
いろいろと突っ込みたい要素たっぷりの喫茶店のようだ(笑)
2009年09月28日
その、まとめサイトがせっかく作られたのに、あえなく、削除されたというのは、つい先日のことのように思える・・。
実際は、数年経っているわけだが。
新たに、小町のまとめブログが出来ていた。
小町の空気が苦手な私には、このブログの存在はありがたい。
その、まとめブログで目に付いた一つの記事。
31歳夫 「妻が実家の両親になかなか連絡を取ってくれません…」
というもの。
一瞬、うわ、私、夫の実家にそんなに電話してないよ・・・これってやっぱり失礼?と思ったのだが。
内容や、このトピックに対するコメントを見ていくと、どうにも、感覚がずれている気がしてならない。
私も、地方の田舎に実家を持っているし、「嫁に出した」「嫁にもらった」意識は根強く残っているが、用もないのに、頻繁に電話は・・・嫁にもらった家側でも、さすがに求めていないと思う。
用もないのに、電話をもらうと、うちの母などは、あとでブツブツと不平を言っていたこともあった。
忙しい時に、(嫁側の視点での)日常生活を話されても、どうして良いかわからない、と。
うちの師匠(夫)に、ご実家に世間話の電話をした方が良いか、と訪ねたこともあったが。
鬱陶しがられるよ、とたしなめられた。
電話が好きな人というのは、確かに存在する。
用事はなくとも、自分が思っている事を話すために、電話をかけて話をするという人もいる。
このトピックを立てた男性も、そういう一人なのか、と思ったが、そうではなさそうだ。
嫁と姑が仲良く、ということは大事だと思う。
それが、頻繁に電話をしあって、互いの日常を話し合う、というのも、場合によっては、仲の良い証拠と言えるかもしれない。
が、それがすべてと履き違えてはならない、ということで締めくくらせてもらう。
2009年09月22日
クレしんは、得手ではないのですが、ご冥福を・・・。
そして、巡回していたら、見つけた、ぶりぶりざえもん「なんだ、早かったな」、というもの。
そうかぁ・・・どちらも足を滑らせて、だもんなあ・・・。
2009年09月15日
乙 「・・・とりあえず、さん付けじゃなく、スズキ選手くらいは言えや」
何はともあれ、記録更新、おめでとさん。
2009年09月12日
以下、記事全文引用
『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載する漫画家が、文豪たちの名作の表紙を新たに描きおろした集英社文庫「夏の一冊 ナツイチフェア」。同企画を基に、『少年ジャンプ』連載作家たちがキャラクター原案を担当した名作文学が、10月10日より日本テレビ系アニメ枠『青い文学』(日本テレビ系)として放送されることがわかった。『DEATH NOTE』『バクマン。』の小畑健が、夏目漱石の『こころ』と太宰治『人間失格』を手掛けるなど、全12話にわたって人気漫画家と名作文学とのコラボレーションにより、アニメとしてよみがえる。
毎年、夏休みの読書感想文の宿題向けに各出版社が文庫フェアなどを催す中、集英社では、2007年に小畑健が太宰治の不朽の名作『人間失格』の表紙を描き下ろし発売したところ、3ヵ月で10万部を突破するという文庫作品としては異例のヒットを記録。作風は異なるものの、人間の暗部に迫った『人間失格』と『DEATH NOTE』の世界観が一致し、『DEATH NOTE』の読者だった10代の若者が昭和の文学に触れる機会を作った。さらに、09年には、久保帯人、許斐剛がカバーイラストを手掛け、こちらも大きな話題を集めた。
そんな、名作文学と人気漫画家のコラボレーションがまさかのアニメ化。今回のアニメでは、“小畑健×太宰治”のほかに、『BLEACH』の久保帯人が芥川龍之介『地獄変』を、『テニスの王子様』の許斐剛が太宰治『走れメロス』をそれぞれ担当。昭和の名作文学を人気漫画家たちがキャラクター原案を担当することで、新たなファンを発掘することとなりそうだ。また、現在公開されているラインアップのほかに、どのような漫画家と不朽の名作のコラボが見られるのかも注目したい。
アニメ『青い文学』は、10月10日(土)深夜1時20分より日本テレビ系にて放送開始。
・・・名作とマンガのコラボでアニメ化は、銀河鉄道の夜くらいだと思っていたが・・・
芥川の「地獄変」が、あの絵でアニメ化になったら、「なん・・・だと!?」を連発するような気がしてならない・・・。
「人間失格」の主人公の葉ちゃんは、ノートに殺したい人間の名前を書き始めるような気がしてならない・・・。
「走れメロス」のメロスやセリヌンティウスは、メテオショットなんかを打ち始めそうだ・・。
という先入観を持っちゃいかんよな(笑)
2009年09月03日
元になった『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』は、無駄に、と言って良いほど時代考証が細かった。
実写はそれを、下回るだろう、と思っていたが。
「絶対やめとけ」的なマンガ実写化
うん、そうだろうなあ・・・。
やっぱりなあ・・・。
ところで、TAJOMARUの原作って、芥川の「藪の中」らしいけど。
あの小説の多襄丸だけにスポット当てて映画にするってのは、いただけない、と思う。



